山根華陽(読み)やまね かよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山根華陽」の解説

山根華陽 やまね-かよう

1697-1772* 江戸時代中期の儒者
元禄(げんろく)10年生まれ。河野養哲にまなび,長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩の藩校明倫館司典(図書管理係)となる。京都,江戸に遊学ののち,明倫館の山県周南にまなび,宝暦9年学頭に就任。明和8年12月28日死去。75歳。周防(すおう)(山口県)出身。名は之清。字(あざな)は子濯(したく)。通称は七郎左衛門。著作に「華陽先生文集」「高松記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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