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山田丈之助 やまだ じょうのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山田丈之助 やまだ-じょうのすけ

1830-1885 幕末-明治時代の侠客(きょうかく)。
天保(てんぽう)元年生まれ。博徒新井一家の親分。郷里群馬県の民権運動に協力する。明治17年八城(やしろ)村に演説会場をつくり,子分を配置して警察と対立。つづく群馬事件には参加できず,18年6月30日警官隊に殺された。56歳。本名は平十郎。名は城之助ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

山田丈之助

没年:明治18.6.30(1885)
生年:天保1(1830)
幕末明治期の侠客。群馬県北甘楽,碓井の2郡を縄張りにした博徒新井一家の親分。群馬自由党の宮部襄に心服し,明治17(1884)年,自由党の影響下にあった養蚕農家が決起したとき,多数の博徒を糾合して蚕民支援にのりだし,警官隊と対峙した。その影響力は長野県の佐久地方や埼玉県の秩父地方にもおよび3000人の博徒を糾合する力があったといわれる。一時,高崎鎮台襲撃の計画に加わったが,何故か実行には参加しなかった。警察は丈之助の懐柔を試みたが,これを断り妾の家にいるところを襲われて警官隊に斬殺された。<参考文献>福田薫『蚕民騒擾録』

(正延哲士)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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