朝日日本歴史人物事典 「山田丈之助」の解説
山田丈之助
生年:天保1(1830)
幕末明治期の侠客。群馬県北甘楽,碓井の2郡を縄張りにした博徒新井一家の親分。群馬自由党の宮部襄に心服し,明治17(1884)年,自由党の影響下にあった養蚕農家が決起したとき,多数の博徒を糾合して蚕民支援にのりだし,警官隊と対峙した。その影響力は長野県の佐久地方や埼玉県の秩父地方にもおよび3000人の博徒を糾合する力があったといわれる。一時,高崎鎮台襲撃の計画に加わったが,何故か実行には参加しなかった。警察は丈之助の懐柔を試みたが,これを断り妾の家にいるところを襲われて警官隊に斬殺された。<参考文献>福田薫『蚕民騒擾録』
(正延哲士)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報