山田勝次郎(読み)ヤマダ カツジロウ

20世紀日本人名事典 「山田勝次郎」の解説

山田 勝次郎
ヤマダ カツジロウ

大正・昭和期の経済学者,歴史学者



生年
明治30(1897)年10月7日

没年
昭和57(1982)年6月7日

出生地
群馬県高崎市

旧姓(旧名)
蠟山

別名
筆名=柏崎 次郎

学歴〔年〕
東京帝国大学農学部農業経済学科〔大正11年〕卒

経歴
大正14年京都帝大農学部助教授となり、15年から昭和3年にかけて文部省在外研究員として英、独の農業事情を視察。5年共産党シンパ事件で退職し、6年上京してプロレタリア科学研究所員となるが、7年のプロ科の検挙に連坐して懲役3年執行猶予4年に処せられる。以後マルクス主義の学者として活躍し、「日本資本主義発達史講座」に執筆。戦後共産党に入党し、民主主義科学者協会の創立に参加するが、39年除名された。24年から日本学術会議会員を2期務めた。著書に「マルクス資本論」「米と繭の経済構造」「地代論論争批判」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田勝次郎」の解説

山田勝次郎 やまだ-かつじろう

1897-1982 大正-昭和時代の経済学者。
明治30年10月7日生まれ。蝋山(ろうやま)政道の弟。蝋山芳郎の兄。京都帝大助教授となり,共産党シンパ事件で昭和5年辞職。プロレタリア科学研究所にはいり,マルクス経済学の立場から農業問題を研究した。19年高崎倉庫社長,のち会長。昭和57年6月7日死去。84歳。群馬県出身。東京帝大卒。筆名は柏崎次郎。著作に「地代論論争批判」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「山田勝次郎」の解説

山田 勝次郎 (やまだ かつじろう)

生年月日:1897年10月7日
大正時代;昭和時代の経済学者
1982年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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