山田常雄(読み)ヤマダ ツネオ

20世紀日本人名事典 「山田常雄」の解説

山田 常雄
ヤマダ ツネオ

昭和・平成期の生物学者 スイス国立がん研究所名誉研究員。



生年
明治42(1909)年1月20日

没年
平成9(1997)年8月28日

出生地
東京

出身地
福岡県

学歴〔年〕
東京帝大理学部動物学科〔昭和7年〕卒

学位〔年〕
理学博士

経歴
ドイツに留学、昭和17年応召、復員後の22年名古屋大学医学部助教授、26年教授。36年渡米、オークリツジ国立研究所勤務。49年スイス実験がん研究所特別研究員。その間、両生類を材料として形態形成の重複ポテンシャル論を提唱。また29年には形成体に含まれる誘導物質蛋白質であると主張、発生学の正統において重きをなした。日本における化学発生学の創始者としても優れ、門下から大沢省三、岡崎令治ら分子生物学者が輩出した。一方、20年に及ぶスイスでの研究生活の傍らアルプス高山植物の写真を撮り続けた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学位 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田常雄」の解説

山田常雄 やまだ-つねお

1909-1997 昭和-平成時代の発生生物学者。
明治42年1月20日生まれ。昭和26年名大教授。36年オークリッジ国立研究所にうつり,アメリカ帰化。のちスイス国立実験がん研究所特別研究員。形態形成における重複ポテンシャル論を提唱し,形成体にふくまれる誘導物質はたんぱく質であると主張した。門下に大沢省三,岡崎令治らがいる。平成9年8月28日スイスで死去。88歳。東京出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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