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山科宗甫 やましな そうほ

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美術人名辞典の解説

山科宗甫

江戸前期の茶人。姓は渡辺、号は山花亭・小花亭、屋号に貝屋。千少庵の次男で宗旦の弟。茶法を父に受けて能くし、京都山科の鯉屋小六の養子となり、青貝細工を業とした。利休名物の目利きとして知られる。寛文6年(1666)歿、享年不詳。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山科宗甫 やましな-そうほ

?-1666 江戸時代前期の茶人。
千少庵の子。千宗旦(そうたん)の弟。京都の山科にすみ,山科と称した。青貝の細工を家業とする。茶の湯を父と兄にまなび,茶道具の目利きとして知られた。寛文6年8月9日死去。通称は四郎三郎。号は山花亭。屋号は貝屋。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

山科宗甫

没年:寛文6.8.9(1666.9.7)
生年:生年不詳
江戸初期の茶人。父は千利休の女婿・千少庵。宗旦の弟として知られる。通称四郎三郎,山花亭と号した。『江岑夏書』によると,山科の鯛屋小六の養子となり,青貝細工を業とした。姓は渡辺。貝屋と称したとする伝えもある。侘び茶人の面影を伝える茶杓,在判の茶器,消息文が伝存しているが,その数は稀少で珍重される。異説に慶長11(1606)年10月29日,父の少庵に先立って死去した,ともいう。宗甫の伝はなお勘考の余地が残される。

(戸田勝久)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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