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島津師久 しまづ もろひさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津師久 しまづ-もろひさ

1325-1376 南北朝時代の武将。
正中(しょうちゅう)2年生まれ。島津貞久(さだひさ)の3男。足利尊氏に属し,北朝方としてたたかう。貞治(じょうじ)2=正平(しょうへい)18年薩摩(さつま)守護職をつぎ,総州家島津氏初代。大隅(おおすみ)守護職をつぎ奥州家島津氏初代となった弟氏久とともに島津氏6代。領国は二分された。永和2=天授2年3月21日死去。52歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

島津師久

没年:永和2/天授2.3.21(1376.4.10)
生年:正中2(1325)
南北朝時代の薩摩国(鹿児島県)守護。貞久の子。上総介。父貞久から貞治2/正平18(1363)年に同守護職を譲られたが,それ以前からも高齢の父を助けて軍事指揮に携わっていた。中央の観応の擾乱が波及すると九州の武家方にあって将軍足利尊氏方として行動,和泉荘知色城,薩摩郡碇山城を拠点とした。しかし所領は山門院,薩摩郡が中心で,鹿児島郡への進出はならなかった。それがやがて,島津氏の家督を巡る抗争のなか,大隅国(鹿児島県)守護島津氏久(奥州家)に敗北していった要因と考えられる。守護在任3年にして守護職を子の伊久に譲渡している。<参考文献>山口隼正「薩摩国守護」(『南北朝期九州守護の研究』)

(福島金治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の島津師久の言及

【薩摩国】より

…旧国名。薩州。鹿児島県西半部。
【古代】
 西海道に属する中国(《延喜式》)。大隅国と同じく日向国より分出し,合わせて南九州の三国,奥三州などと呼ばれた。《日本書紀》白雉4年(653)7月条に〈薩麻之曲竹島之間〉とみえ,《続日本紀》大宝2年(702)8月条に薩摩・多褹(たね)を征討し,戸を校(かんが)え吏を置く,10月条に唱更(はやひと)国司の言上で国内の要害に柵を建て兵を置くとあり,その説明に唱更国とは今の薩摩国府なりとあることから,このころ薩摩国は日向国より分出設置されたと思われる。…

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