島田 尺草
シマダ シャクソウ
大正・昭和期の歌人
- 生年
- 明治37(1904)年9月16日
- 没年
- 昭和13(1938)年2月23日
- 出生地
- 福岡県嘉穂郡
- 経歴
- 大正8年パーキンソン病となり13年九州療養所(菊池恵風園)に入った。内田守人医官に歌の指導を受け、合同集「桧の影」に参加、昭和3年水甕社に入り、12年同人。呼吸困難、失明の苦痛などを歌にした。歌集「一握の藁」「櫟の花」、没後「島田尺草全集」が出された。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
Sponserd by 
島田尺草 しまだ-しゃくそう
1904-1938 昭和時代前期の歌人。
明治37年9月16日生まれ。ハンセン病にかかり,大正13年九州療養所にはいる。医師で「水甕(みずがめ)」の歌人であった内田守人(もりと)に指導をうけ,病の苦痛や運命への諦観をうたった。昭和13年2月23日死去。35歳。福岡県出身。歌集に「一握(ひとにぎり)の藁(わら)」「櫟(くぬぎ)の花」。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
Sponserd by 