ハンセン病(読み)はんせんびょう(英語表記)Hansen's disease

翻訳|Hansen's disease

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハンセン病」の意味・わかりやすい解説

ハンセン病
はんせんびょう
Hansen's disease

細菌の一種であるらい菌Mycobacterium lepraeによる慢性の感染症で、おもに皮膚と顔や手足などの末梢(まっしょう)神経に病変が生じる。

[石井則久]

名称

ハンセン病は、以前はらい(癩)、レプラ、かったい、天刑病などといわれてきたが、現在はハンセン病が正式病名で、他の呼称は偏見・差別を助長することばとして使用しない。1873年(明治6)にらい菌を発見したノルウェーの医師G・H・A・ハンセンにちなむ。英語でも以前はleprosyといわれていたが、偏見・差別のない病名にするために、現在ではHansen's diseaseが使われることが多い。

[石井則久]

原因菌

病気の原因であるらい菌は結核菌と同じ抗酸菌(染色後、酸アルコールで脱色できない細菌)の仲間で、菌の生存に必要最小限の遺伝子しかもっていないので、ヒトの細胞内に寄生することが必要で、現在まで、人工培養に成功していない。感染力は弱い。31℃前後が菌の増殖の至適温度のため、体温より低い皮膚に多く存在する。またらい菌は末梢神経に親和性があるため、末梢神経に寄生し、障害をおこす。菌に毒力はない。

[石井則久]

疫学

発病につながる感染源は、菌を多くもっている未治療の患者で、飛沫(ひまつ)感染(くしゃみなどで飛び散った菌を吸い込む)といわれている。感染経路はヒトからヒトへの感染のみである。感染時期は免疫能の弱い(抵抗力の弱い)乳幼児期に濃厚で、頻回の感染機会がなければ、ほとんど発病につながらない。感染から発病までには、その人のらい菌に対する免疫能力、栄養状態、吸い込む菌の量、その他衛生・環境・経済状況など種々の要因が関与する。そのため、潜伏期間(菌が体内に入ってから病気になるまでの期間)は数年~数十年と長く、万一感染しても、生体から菌が排除されるか、発病せずに一生を終えることがほとんどである。

[石井則久]

統計

現在、世界では東南アジアブラジルなどから年間約26万人の新規の患者が報告されている。日本では年間数名の日本人(高齢者)と10名前後の在日外国人が新規の患者として報告されている。日本で新たに感染し、発病することはほとんどない。

[石井則久]

臨床症状

かゆみや痛みなどの自覚症状のない治りにくい皮疹(ひしん)が多い。皮疹は、紅斑(こうはん)や環状紅斑(ドーナツ様の形状をした紅斑)、小結節(小さな塊状の皮疹)、結節など多様で、浸潤を触れるものなどもある。進行すると、皮疹の数が増したり、浸潤が高度になり、浮腫(ふしゅ)などもおこる。

 診断や治療が遅れると末梢神経障害が必発で、皮疹部あるいは末梢神経の走行にほぼ一致した知覚障害と運動障害、神経肥厚がおこる。知覚障害は手足や顔面などの皮膚の知覚(触った感じ、痛み、熱い冷たいの感覚)が鈍麻したり麻痺(まひ)することである。痛みを感じないと、怪我(けが)をしても気づかず、治療が後手に回ることになる。また温度感覚がないと容易に重症の熱傷などをおこす。さらに末梢の血管も狭窄(きょうさく)しやすく、血流が悪くなり皮膚温が低下し傷の治癒が遅れる。これら悪循環が続くことで、外傷や熱傷が治癒しにくく、悪化し、皮膚のみでなく骨なども障害を受け、骨膜炎、骨髄炎、骨融解などもおき、手足なども変形していく。

 運動障害では、表在の筋肉を支配する神経も障害されるので、筋肉が萎縮する。手足では指趾(しし)が曲がったままになることがある。顔面では目を閉じる筋肉(眼輪筋)が機能しなくなると、つねに開眼状態になり、角膜が乾燥したり外傷をおこし失明の危険性が高まる。また、口の開閉をつかさどる口輪筋も機能しなくなると、下口唇が垂れ、口が開いたままになり、よだれが絶えず流れる。表在の神経(尺骨(しゃくこつ)神経や大耳神経など)の肥厚や圧痛もおこる。毛根や汗腺も障害されて、脱毛や発汗低下もおこる。鼻粘膜も炎症をおこし、鼻閉感を訴えることもある。しかし、心臓や肺、肝臓などの内臓が侵されることは、きわめてまれであり、ハンセン病が原因で死に至ることはない。

[石井則久]

臨床検査

検査は、らい菌の検出と病変部位の病理組織検査(皮膚を一部切除して顕微鏡検査)がおもなものである。らい菌の検出には、(1)皮膚スメア検査、(2)病理組織を抗酸菌染色して検鏡、(3)らい菌特異的DNAを検出するPCR検査の三つがある。皮膚スメア検査は病変部位などの皮膚にメスを刺し、メスに付着した皮膚の組織液を採取して、抗酸菌染色(抗酸菌を特異的に染色する方法)後、らい菌の有無を顕微鏡で観察する。病理組織を抗酸菌染色すると、らい菌は赤く染色されるので、顕微鏡で判定する。PCR検査は皮疹部の皮膚などからDNAを採取し、その中にらい菌特有のDNA断片が含まれているかを検査する。可能な限り3種類のらい菌検出検査を実施する。

[石井則久]

診断

日本でのハンセン病診断は、(1)皮疹(自覚症なし)、(2)神経(知覚障害、運動障害、肥厚)、(3)らい菌の検出、(4)病理組織検査の4項目を総合して診断する。なお、世界保健機関(WHO)は、知覚低下を伴う皮疹があれば、ハンセン病と診断している(開発途上国では保健師なども診断し、治療をするため)。

[石井則久]

病型

らい菌に対する生体側の免疫態度(らい菌を生体から排除する能力)によってハンセン病を病型として分類する。らい菌に対して抵抗性がある少菌型(PB型、従来のTT型など)と、抵抗性が低い多菌型(MB型、従来のLL型など)の2型である。少菌型は、皮疹が少なく(5個以下)、皮疹部にほぼ一致して知覚障害や運動障害、神経肥厚をおこす。皮疹部かららい菌を検出することは困難である。一方、多菌型では皮疹の数も6個以上と多く、分布も左右対称性である。神経障害は初期には軽度であるが、診断・治療が遅れると左右ほぼ対称性に徐々に障害される。らい菌の検出は容易である。

[石井則久]

治療

治療はWHOの推奨する複数の抗生物質(リファンピシン、ジアフェニルスルホン:DDS、クロファジミン)を半年から数年間内服すること(多剤併用療法)で治癒する。少菌型では6か月間、多菌型では約2~3年間の内服であるが、耐性菌(抗生物質が効かない菌)出現予防のため、多剤を処方どおりに内服するとともに、耐性遺伝子検査(菌の遺伝子が変化することで耐性菌になることがわかっている)を実施し、内服薬の選択を考慮する。らい菌に有効性のある薬剤は、その他にキノロン薬、ミノサイクリンクラリスロマイシンなどがある。

 治療中、ときには治療前・後に急性の炎症がおこり、皮疹の増悪・新生、神経痛や急速な運動障害などをおこす。らい反応といわれ、速やかなステロイド剤の内服が必要である。

 診療では通常の感染予防の対応で十分で、特別な消毒などはまったく不要である。家族内感染を否定するため、家族にも受診を勧める。

[石井則久]

歴史

ハンセン病の歴史は紀元前に始まり、外観上の問題、とくに顔面・手足の変形や潰瘍、異臭、盲目など、また就労の困難などから全世界で偏見・差別を受けてきた。住民・社会から疎外され、隔離などの対策がとられてきた。そして、患者のみでなく家族や親類までも差別の対象になった。宗教からの救いもほとんどなかった。

 日本では、『日本書紀』や『今昔物語集』などにも記載があり、ハンセン病には長い歴史がある。明治時代初期には3万人以上の患者がいた。伝染病であるとともに、旧来の「遺伝」や「家の穢(けが)れ」などの認識から、神社仏閣の門前で喜捨を乞(こ)うたり、家を出て各地を放浪することもあった。

 1907年(明治40)に法律「癩予防ニ関スル件」(明治40年法律第11号)が制定され、放浪する患者は人里離れた場所に建てられたハンセン病療養所に収容された。1931年(昭和6)にすべての患者の隔離を目ざした「癩予防法」(昭和6年法律第58号)が成立した。各県では無癩県運動という名のもとに、患者を発見して療養所に送る施策が行われた。入所すると偽名(別の名前)を使い、患者の過去や家族がわからないようにした。療養所内でのみ使用可能な通貨に換金させられ、所外への脱出ができないようにした。職員が少なく運営資金も低額なため、患者が重症患者の介護をしたり、農作業や土木などの多種の作業も行わざるをえなかった。原則として生涯隔離で、遺骨が故郷に帰ることはほとんどなかった。

 日本では有効な治療薬プロミンが1940年代後半から使用されたが、患者の隔離政策は1953年改正の「らい予防法」(昭和28年法律第214号)でも継続された。治療は原則ハンセン病療養所のみで行ったため、患者は療養所に入所する必要があった。1996年(平成8)に「らい予防法」が廃止され(「らい予防法の廃止に関する法律」、平成8年法律第28号)、ハンセン病は普通の病気として一般医療機関で診療されることになった。

 ハンセン病療養所(国立13園、私立2園)の入所者は、ハンセン病は治癒している(ハンセン病回復者、ハンセン病元患者)が、高齢で、長年にわたる入所生活のため一般社会生活がむずかしく、家族も少なく、後遺症が残り日常生活に介護が必要であるなどのため、療養所で生活をしている。

 ハンセン病療養所退所者、当初から外来で治療してきた元患者などのハンセン病回復者は、一般社会で生活しているが、過去の「ハンセン病」歴が、他人に知られることを避ける場合がある。その理由として、(1)一般社会のハンセン病に対する偏見・差別、(2)医師・医療関係者のハンセン病やその後遺症、社会的背景等についての不十分な知識、(3)回復者の過去の経験等から「ハンセン病」既往歴を家族にまで秘匿すること、などがある。社会で普通の生活ができるノーマライゼーションを目ざし、診療は一般医療へ統合する取組みが行われている。新規の患者は一般病院のおもに皮膚科で診療されている。

 ハンセン病療養所入所者たちが、国のハンセン病政策の転換の遅れなどの責任を問う「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」は、2001年(平成13)に熊本地方裁判所で勝訴し、その後の政府声明、内閣総理大臣談話などでハンセン病に対する国民の認識が高まった。また、2001年には「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」(平成13年法律第63号)が施行された。しかし、現在でもハンセン病に対する誤った知識があり、偏見・差別は解消されていない。そのため、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律(通称、ハンセン病問題基本法)」(平成20年法律第82号)が2009年4月に施行された。

 ハンセン病は偏見・差別の歴史であり、人権が無視されてきた歴史でもある。これらの歴史を正しく認識し、ハンセン病を正しく理解し、回復者・患者を社会の普通の人間として、ともに歩むことが求められている。また、新規のハンセン病患者を早期に診断・治療し、後遺症なく治癒させることが必要である。

[石井則久]

『山本俊一著『日本らい史』増補版(1997・東京大学出版会)』『大谷藤郎著『医の倫理と人権――共に生きる社会へ』(2005・医療文化社)』『中嶋弘監修、石井則久著『皮膚抗酸菌症テキスト――皮膚結核、ハンセン病、非結核性抗酸菌症』(2008・金原出版)』『トニー・グールド著、菅田絢子監訳『世界人権問題叢書68 世界のハンセン病現代史』(2009・明石書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハンセン病」の意味・わかりやすい解説

ハンセン病
ハンセンびょう
Hansen's disease

近年,病原菌の発見者の名にちなんでハンセン病と呼ぶ傾向にあるが,世界的にはまだ「らい」 lepra; leprosyのほうが広く用いられている。抗酸菌の一種であるらい菌感染による肉芽腫性疾患で,知覚障害を伴うことを特徴とする。古くは結節らい,斑紋らい,神経らいに分けられていたが,最近では 1953年の国際らい学会で承認された次の病型分類が用いられている。 (1) らい腫型 (L型)  皮膚に光沢のある赤黄色の結節性病変と,黄褐色のびまん性病変が生じ,顔面に多発した場合は獅子面となる。被髪部位では脱毛する。組織学的に特有のらい細胞増殖が認められ,多数のらい菌が証明される。 (2) 類結核型 (T型)  やや隆起した境界鮮明な浸潤性皮疹が現れ,発汗低下,神経肥厚を伴う。組織学的には類上皮細胞増殖,リンパ球浸潤がみられる。らい菌の証明は困難。 (3) 境界群 (B群)  境界の不鮮明な紅斑性浸潤性皮疹が多発する。組織学的にはL型とT型の中間で,らい菌を認める。 (4) 未決定群 (I群)  非浸潤性紅斑,不完全脱色斑が生じる。組織学的には血管,汗腺周囲に軽度の組織球リンパ球性細胞浸潤を認める。 (5) 反応相 経過中に結節性紅斑様病変,急性浸潤などが生じることがある。ハンセン病の診断は,上述の皮膚症状や神経症状,らい菌の証明などにより容易である。本症は家族内感染が多く,結核患者には少い。そのため,感染予防として BCG接種が励行されている。患者は世界的にはインドに最も多く,アフリカ,東南アジア,中国,中南米などがこれに続く。日本にも約1万人はいるとされている。かつては不治の病とされていたが,DDS (diamino-diphenylsulfon)の投与により容易に軽快する。

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