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川崎鑰之助 かわさき かぎのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川崎鑰之助 かわさき-かぎのすけ

?-? 戦国時代の剣術家。
越前(えちぜん)(福井県)の人。父に鞍馬(くらま)流を,ついで富田流の富田牛生(ぎゅうしょう)に槍術(そうじゅつ)を,富田勢源に剣術をまなぶ。さらに比叡(ひえい)山の東軍僧正に師事して刀術の奥義を会得し(一説には妙義山にこもって開悟し),東軍流をひらいたという。天文(てんぶん)年間(1532-55)に活躍した。名は時盛。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

川崎鑰之助

生年:生没年不詳
戦国時代の兵法家。東軍流の開祖とされ,天文年間(1532~55)に活躍した。越前国(福井県)の人で,時盛,幸盛,清貞と称した。父時定は朝倉孝景に仕えた。中条流の富田勢源より剣術を学び,上州白雲山(妙義山)に籠って妙旨を得,東軍流を創始した(比叡山の東軍坊に学んだためとする説もある)。流儀を子孫にのみ授けたため,その妙に達する者が出ず,曾孫の宗勝(?~1671)に至って奥秘に到達したとされる。宗勝は武州忍の原の決闘がきっかけとなり忍藩主阿部忠秋に仕え,のち江戸で道場を開き,天下五大流儀のひとつに数えられた。赤穂浪士のうち大石内蔵助ら4人が同流の使い手とされる。<参考文献>森田栄『東軍流兵法史』

(加来耕三)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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