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川村修就 かわむら ながたか

美術人名辞典の解説

川村修就

幕末・明治の長崎奉行。通称は対馬守・壱岐守等。号は精斎・閑斎。老中水野忠邦に抜擢され、初代新潟奉行に就任。のち堺奉行・大坂西町奉行を経て長崎奉行となる。日英和親条約の批准書交換・日蘭和親条約調印に参加、のち小普請奉行等を経て西丸留守居などを歴任。和歌に長じた。明治11年(1878)歿、84才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川村修就 かわむら-ながたか

1795-1878 江戸時代後期の武士。
寛政7年生まれ。幕臣。老中水野忠邦にとりたてられ,天保(てんぽう)14年初代新潟奉行となる。消防制度の確立,砂防林造成,風紀粛正などにつとめた。のち大坂西町奉行,長崎奉行などを歴任。明治11年死去。84歳。通称は清兵衛。号は精斎。

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世界大百科事典内の川村修就の言及

【新潟奉行】より

…その目的は,日本海の要港としての新潟の防備の充実,横行していた唐物抜荷の取締り,同港の運上の幕府財政への組入れ,などであった。52年(嘉永5)まで10年間在職し,統治の機構などを整備した初代奉行川村修就(ながたか)が有名である。最後の奉行の白石千別は,68年(明治1)4月,新政府軍の来攻を前に新潟を去って帰任せず,5月,職を辞した。…

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