朝日日本歴史人物事典 「川村重吉」の解説
川村重吉
生年:天正3(1575)
江戸前期の仙台藩士,土木治水の功労者。孫兵衛と称した。名は「じゅうきち」とも。長州阿武郡(山口県)生まれ。はじめ毛利輝元に仕え,慶長年中(1596~1615),仙台藩主伊達政宗に見いだされその家臣となり,「土功ニ精シ」いところから藩内の開発事業に当たった。はじめ製塩や本吉郡の製鉄などにも関係したが,最大の事業は元和9(1623)年に着手した北上川付替(流路変更)工事である。追波湾に注ぐ流路に加え,下流で迫川,真野川と合流した流路が石巻で海に注ぐようにした大改修事業である。この結果,北上川本支流の舟運が飛躍的に発展し,河口の港町石巻は仙台藩,南部藩などの江戸廻来の一大集積地となった。知行高3000石余。<参考文献>田辺希績編『伊達世臣家譜』1巻(復刻,1975)
(渡辺信夫)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報