川端芳子(読み)カワバタ ヨシコ

20世紀日本人名事典 「川端芳子」の解説

川端 芳子
カワバタ ヨシコ

昭和・平成期の女性 サハリン北海道人会初代会長



生年
昭和5(1930)年

没年
平成8(1996)年11月23日

出生地
北海道歌志内市

経歴
炭鉱の仕事をしていた父の転勤で5歳の時樺太大平(のちサハリン・ウダルナイ)に移住。終戦後18歳のとき引き揚げ船に乗り遅れ、家族と別れて一人だけ残る。働きながらロシア語を学び、残留邦人の中でロシア語の読み書きが正確にできる貴重な存在となる。ソ連人、のち韓国人と結婚。平成2年北海道の横路知事がサハリンを訪問したことがきっかけで、サハリン北海道人会結成の設立準備会が発足し、会長に就任。来日して外務省厚生省道庁などで協力を要請するなど尽力する。3年より集団一時帰国の団長を5回務めた。8年11月永住帰国を前に死去

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「川端芳子」の解説

川端芳子 かわばた-よしこ

1930-1996
昭和5年生まれ。父の転勤で5歳のとき北海道から樺太(からふと)(サハリン)にわたる。戦後,引き揚げ船にのりおくれて残留。平成3年残留日本人によびかけてサハリン北海道人会を設立し,初代会長。日本サハリン同胞交流協会の協力をえて11次にわたる集団一時帰国を実現させた。自身の永住帰国の直前,平成8年11月23日病死。66歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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