左近允孝之進(読み)さこんのじょう こうのしん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「左近允孝之進」の解説

左近允孝之進 さこんのじょう-こうのしん

1870-1909 明治時代教育者
明治3年5月2日生まれ。成人後に失明。鍼(はり),マッサージをまなび,明治32年神戸で開業。38年点字活版器をつくり,神戸訓盲院(現兵庫県立盲学校)を開校,39年日本で最初の点字新聞「あけぼの」を創刊した。明治42年11月11日死去。40歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身東京専門学校(現早大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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