市川米升(読み)イチカワ ベイショウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「市川米升」の解説

市川 米升(2代目)
イチカワ ベイショウ


職業
歌舞伎俳優

本名
須原 清之助

別名
前名=市川 鯱丸(初代),市川 米蔵(4代目),俳名=子猿

生年月日
明治24年 6月

出生地
東京

経歴
明治28年5歳のときに市川鯱丸の名で初舞台を踏む。初代花柳寿輔と父の5代目市川小団次から芸の手ほどきを受け、45年に4代目市川米蔵を襲名、同年明治座で行われた「伊賀越道中双六」では和田志津摩・座頭蔦の市・傾城胡蝶の3役を演じた。次いで、2代目市川米升を襲名し、女形として活躍、女房や年増役を得意とした。

没年月日
大正10年 11月15日 (1921年)

家族
父=市川 小団次(5代目)(歌舞伎俳優),子=市川 子団次(3代目)(歌舞伎俳優)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「市川米升」の解説

市川 米升(2代目)
イチカワ ベイショウ

明治・大正期の歌舞伎俳優



生年
明治24(1891)年6月

没年
大正10(1921)年11月15日

出生地
東京

本名
須原 清之助

経歴
明治28年5歳のときに市川鯱丸の名で初舞台を踏む。初代花柳寿輔と父の5代目市川小団次から芸の手ほどきを受け、45年に4代目市川米蔵を襲名、同年明治座で行われた「伊賀越道中双六」では和田志津摩・座頭蔦の市・傾城胡蝶の3役を演じた。次いで、2代目市川米升を襲名し、女形として活躍、女房や年増役を得意とした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市川米升」の解説

市川米升(2代) いちかわ-べいしょう

1891-1921 明治-大正時代歌舞伎役者
明治24年6月生まれ。5代市川小団次の長男。5歳で初舞台をふむ。初代花柳寿輔(はなやぎ-じゅすけ)と父の指導をうけ,2代米升を襲名。明治座,市村座などに出演し,女方を演じた。大正10年11月15日死去。31歳。東京出身。前名は市川米蔵(4代)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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