市川純斎(読み)いちかわ じゅんさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市川純斎」の解説

市川純斎 いちかわ-じゅんさい

1788-1845 江戸時代後期の儒者
天明8年生まれ。諸国をまわって儒学をまなび,郷里近江(おうみ)(滋賀県)にかえり,三井寺(園城(おんじょう)寺)の領地を管理した。天保(てんぽう)7年の飢饉(ききん)に際し,領民の間の不穏な動きを収拾。のち大津でおしえた。弘化(こうか)2年7月26日死去。58歳。名は業広。字(あざな)は子勤。通称は純太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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