市橋長璉(読み)いちはし ながてる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市橋長璉」の解説

市橋長璉 いちはし-ながてる

1733-1785 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)18年生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)臼杵(うすき)藩主稲葉董通(まさみち)の次男市橋直挙(なおたか)の養子となり,宝暦8年近江(おうみ)(滋賀県)仁正寺(にしょうじ)藩主市橋家6代。北野天満宮分社を創建し,藩士修学の神とした。天明5年10月6日死去。53歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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