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市橋長義 いちはし ながよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

市橋長義 いちはし-ながよし

1821-1882 幕末-明治時代の大名。
文政4年5月8日生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩主酒井忠器(ただかた)の子。叔父市橋長富の養子となり,天保(てんぽう)15年近江(おうみ)(滋賀県)仁正寺(にしょうじ)藩主市橋家10代。江戸藩邸に幽閉中の高島秋帆(しゅうはん)に,西洋砲術オランダ語をまなぶ。文久2年仁正寺の地(藩)名を西大路(にしおおじ)とあらためた。禁門の変では京都御所を守護。明治15年1月17日死去。62歳。初名長和

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

市橋長義 (いちはしながよし)

生年月日:1821年5月8日
江戸時代末期;明治時代の大名
1882年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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