平勝寺(読み)へいしようじ

日本歴史地名大系 「平勝寺」の解説

平勝寺
へいしようじ

[現在地名]足助町綾渡

曹洞宗。鳳凰山と号す。村域東部ほぼ中央の山麓にあり、神明社と同一境内。山門・本堂・庫裏のほか、別に観音堂がある。元和二年(一六一六)、香積寺九世明峰の記した平勝寺略縁起は、聖徳太子開闢の霊場にして檀独山大悲密院と称し、太子一刀三礼の聖作正観音菩薩を本尊、弘法大師作の不動・毘沙門の二天を脇立として祀る。後醍醐天皇の第三皇子平勝親王が関白二条良基を供に足助の郷に流落し、中之御所なかのごしよ在住の折の夢告によって一七日の参籠があった。その後勅使を下して勅額一枚・大刀一振奉納。以後鳳凰山平勝寺と号すと伝える。

寺伝にふさわしく藤原仏三体はじめ、多くの文化財を蔵する。木造観音菩薩坐像は檜材の寄木造で定朝風。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む