平島郷(読み)ひらじまごう

日本歴史地名大系 「平島郷」の解説

平島郷
ひらじまごう

現那賀川町南半部一帯に比定される。単に平島と記される場合は那賀川河口部左岸のもっと狭い地域をさすとみられる。延喜二二年(九二二)四月五日の奥付を有する和泉国大鳥神社流記帳(大鳥神社文書)に「所領田畠五百拾余町、在阿波国(那カ)賀郡平方嶋者」とある平方嶋は平島をさすとみられる。貞治六年(一三六七)五月一三日の判管周・修造坊菅昌能連署請文写(古今消息集)には「阿波国(那カ)賀山庄領家方平島・大田両郷」とみえる。那賀山なかやま庄は京都長講堂領となっている(→那賀山庄。長講堂領を伝領していた崇光上皇は京都天龍寺の復興にあたり、翌貞治七年から一〇ヵ年間、大田おおた(現阿南市大井町に比定)とともに当郷を天龍寺造営料として寄進しており、同寺は両郷からの年貢のうち毎年七五貫文を領家方に納入する条件で両郷の所務を請負っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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