平林盈淑(読み)ひらばやしみつよし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「平林盈淑」の意味・わかりやすい解説

平林盈淑
ひらばやしみつよし
(1790―1860)

幕末の豪農、経世家。信濃(しなの)国東(ひがし)筑摩(ちくま)郡上生坂(かみいくさか)村(長野県生坂村)の名主会田(あいだ)、坂北(さかきた)、麻績(おみ)、川手(かわて)四組全体のまとめ役。通称文五右衛門(ぶんごえもん)(豊後右衛門)。1825年(文政8)煙草(たばこ)荷の付出し口銭をめぐって上生坂村など出荷24か村と浦野宿など中山道(なかせんどう)八宿の間に訴訟が起こり、盈淑は24か村惣代(そうだい)の1人となって農民を指導、翌年内済(ないさい)となる。著書に『家童訓諭』『家業始末記』『農業大全』などがあり、修身斉家忍耐、勤勉を中心とした日常生活上の封建道徳を説いた内容となっている。

[奈倉哲三]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平林盈淑」の解説

平林盈淑 ひらばやし-みつよし

1790-1861* 江戸時代後期の農民。
寛政2年生まれ。信濃(しなの)(長野県)上生坂(かみいくさか)村の名主。生坂地方の刻みたばこの荷の付け出し口銭についての訴訟で24ヵ村荷主惣代(そうだい)として宿場側との交渉にあたった。万延元年11月26日死去。71歳。通称は文五右衛門,豊後右衛門。号は桃泉。著作に「家童訓諭」「家業始末記」など。

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