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広田亀次 ひろた かめじ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

広田亀次 ひろた-かめじ

1840-1896 幕末-明治時代の農業技術者。
天保(てんぽう)11年6月15日生まれ。水稲の品種改良につとめ,明治8年病虫害とくにイモチ病につよく,米質のよい品種をつくりだした。同種は「亀次(亀治)」とよばれ,中国・近畿地方に普及した。明治29年10月3日死去。57歳。出雲(いずも)(島根県)出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

広田亀次

没年:明治29.10.3(1896)
生年:天保11.6.15(1840.7.13)
明治期の水稲品種「亀次」選出の功労者。出雲国能義郡荒島村(安来市)に生まれる。家は代々松江藩荒島郷蔵番を務めていたが,廃藩後は16aほどの小作のかたわら石工を営んだ。幼時より父に従って年貢米の出納に従事したことから,米質の良否に関心が強かった。明治初年,村の蛇の口という痩せ地に試作田を設け,年々収穫の多寡,栽培の難易を実験,同8(1875)年に至って完全な1種を選定,それを近隣に配布して肥沃な土地で成育してもらったところ結果は極めて良好だった。この品種は,晩稲中比較的早熟,草茎が強く,病虫害,特にイモチ病に対する抵抗力が強く,穂籾が脱落せず,米質も「善良」という特徴があったため,たちまち島根県はもちろん,中国,近畿地方にまで普及した。

(松尾寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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