床次正精(読み)とこなみ・せいせい

朝日日本歴史人物事典 「床次正精」の解説

床次正精

没年:明治30.10.21(1897)
生年:天保13(1842)
明治期の洋画家。鹿児島生まれ。幕末長崎でイギリス軍艦内の油絵をみて驚嘆し,以後独学で油彩画法を修得する。明治5(1872)年,司法省に入り,1級検事補などを経て,10年権少検事となり東京裁判所,仙台上級裁判所に勤務。仙台在任中,松島の実景2面を写生し宮中に献上した。また,来日中のグラント将軍像を制作し名を高め,14年には参議伊藤博文肖像を描いた。翌年宮内省御用掛,17年には農商務省御用掛に任じられ博覧会事務取扱を命じられた。帝国憲法発布に際し,23年式場図などを描く。油彩画に「三田製紙所」「西郷南洲像」など。

(三輪英夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「床次正精」の解説

床次正精 とこなみ-まさよし

1842-1897 明治時代の司法官,洋画家。
天保(てんぽう)13年生まれ。床次竹二郎の父。幕末に長崎で油絵に接し,以後独学で洋画をまなぶ。維新後,司法省検事,判事として勤務のかたわら作画。グラント将軍,伊藤博文(ひろぶみ)らの肖像のほか,日光の名勝図,帝国憲法発布の式場・祝宴図などをえがいた。明治30年10月21日死去。56歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。本姓は児玉

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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