改訂新版 世界大百科事典 「弓流」の意味・わかりやすい解説
弓流 (ゆみながし)
(1)平曲。平物(ひらもの)。拾イ物。屋島の戦のおりである。平家方の船団から楯を持たせた武者が波打ち際に上がり,源氏方を招いた。源氏の三保谷十郎(みおのやのじゆうろう)たち5騎が向かったところ,楯の陰から強弓で射かけられ,三保谷の馬が倒れた。小太刀を抜いた三保谷に,楯から出て来た武者は大薙刀でかかってきた。三保谷が逃げ出すと,その兜の錣(しころ)をつかんで引き戻し,ついに錣を引きちぎって悪七兵衛景清(あくしちびようえかげきよ)と大音で名のった(〈拾イ〉)。平家方がこれに続いて攻め寄せたので乱戦となった。源義経も馬を海に乗り入れて戦ううちに,ふと弓を取り落としたが,危険を冒して拾い取り陣に戻った。人々にその無謀を指摘された義経は,自分の弱い弓を敵の手に渡してあざけりを買うよりは,命に代えても取り戻すのだと言ったので,みな感動した(〈折リ声〉)。日が暮れて戦いがやむと,この3日間不眠だった源氏方は,疲れ果てて眠ってしまったが,義経は一睡もせず見張りをしていた。平家方にも夜襲の考えがあったが,内部に先陣争いなどがあって実行されず,源氏方に幸いした(〈拾イ〉)。戦(いくさ)物語もっぱらの曲だが,旋律を聞かせる中音(ちゆうおん)・三重(さんじゆう)などの曲節が1ヵ所もないのは珍しい。能《八島》の原拠。
(2)能《八島》の小書(変型演出の名)。後ジテ(源義経の霊)の弓流しの話のくだりに,常にはない囃子事が入り,弓を取り落とす所作を見せる。〈素働(しらばたらき)〉という小書を併せて演ずるときは,波に揺られて弓を取ることができない所作を見せる。
執筆者:横道 万里雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報