引間遺跡(読み)ひきまいせき

日本歴史地名大系 「引間遺跡」の解説

引間遺跡
ひきまいせき

[現在地名]高崎市上豊岡町 引間

からす川と碓氷うすい川に挟まれた台地の先端部に位置する。遺跡は烏川右岸に接しており、河床との比高約一〇メートル、標高は一一二メートル。周辺の台地先端部や南傾斜面付近には弥生後期樽式土器が密に分布しており、西方には剣崎けんざき遺跡や八幡四やわたよんいち遺跡などがある。昭和五三―五四年(一九七八―七九)の調査は烏川橋梁工事に伴うもので、弥生後期から平安時代にかけて継続する住居跡などが検出された。内訳は弥生後期樽式期の住居跡三七軒・方形周溝墓一基、古墳時代石田川式期の住居跡一軒・V字溝一条、和泉式期の住居跡五軒、鬼高式期の住居跡一九軒以上と古墳二基・土壙一基、奈良・平安時代の住居跡七〇軒以上と井戸・畑状遺構である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む