張宝高(読み)ちょう ほうこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「張宝高」の解説

張宝高 ちょう-ほうこう

?-841 新羅(しらぎ)(朝鮮)の武人,貿易商。
はじめ唐(中国)徐州軍人。帰国後海賊の取り締まりで功をたて清海鎮大使となる。日本・新羅・唐の3国間の海上貿易で富をきずく。遣唐使円仁(えんにん)らの入唐をたすけた。娘を文聖王の王妃にする約束が破られたため反乱をおこすが,文聖王3年11月刺客により殺された。8年(846)死去説もある。別名弓福,保皐。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「張宝高」の意味・わかりやすい解説

張宝高
ちょうほうこう

弓福」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の張宝高の言及

【張保皋】より

…朝鮮,新羅の海商,地方将軍。もと名を弓福といい姓はなかったが,中国名を張保皋とし,日本には張宝高と伝わる。生れは〈海島人〉で,唐に渡り徐州の軍将となったのち,帰国して全羅道の海岸・島嶼(とうしよ)部を根拠地とし,新羅国内および唐,日本との国際交易をおこなって巨富を築き,私兵を養った。…

※「張宝高」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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