デジタル大辞泉 「当山」の意味・読み・例文・類語 とう‐ざん〔タウ‐〕【当山】 1 この山。2 この寺。当寺。3 「当山衆」「当山派」の略。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
精選版 日本国語大辞典 「当山」の意味・読み・例文・類語 とう‐ざんタウ‥【当山】 〘 名詞 〙① この山。[初出の実例]「身の置き処なき儘に当山へ参りたるを」(出典:太平記(14C後)二二)② ( 「とうさん」とも ) この寺。当寺。[初出の実例]「当山の釈迦堂に籠て誦す」(出典:今昔物語集(1120頃か)一四)③ 「とうざんしゅ(当山衆)」「とうざんは(当山派)」の略。[初出の実例]「修験道之事、従二先規一如二有来一諸国之山伏任二筋目一可レ致二入峰一、当山本山各別之儀候条、諸役等互不レ可二混乱一」(出典:御当家令条‐八・当山三宝院御門主へ御判物両通・慶長一八年(1613)五月二一日) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
日本歴史地名大系 「当山」の解説 当山とーやま 沖縄県:沖縄島中部浦添市中間村当山[現在地名]浦添市当山・仲間二丁目中間(なかま)村・前田(めーだ)村の北、浦添(うらそえ)グスクの北側裾野と宜野湾(じのーん)間切嘉数(かかじ)村(現宜野湾市)に挟まれる。牧港(まきみなと)川が北東流し、北側の嘉数村寄りの地域を嘉数前(かかじぬめー)、南側の中間村寄りを当山と通称する。近世末期に寄留士族層により成立した屋取集落。伝承では初め玉城(たまぐしく)間切当山(とーやま)村(現玉城村)の住民が居住したという(浦添市史)。中間村の世利原(しりばる)・東原(あがりばる)、伊祖(いーず)村の宗地原(そーじばる)、西原(にしばる)村の勢理原(せりばる)を合せ、一九一六年(大正五年)字に編成された(沖縄風土記全集)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by