日本歴史地名大系 「当麻中町」の解説 当麻中町たいまなかまち 福島県:会津若松市若松城下当麻中町[現在地名]会津若松市日新町(につしんまち)当麻丁の中ほどから西に折れる通りで、末は西黒川(にしくろかわ)分に通じる、長さ一町四八間・幅四間、家数三二。当麻丁より分れる通りなので、この名がついた。また町の中ほどより北へ折れて善久(ぜんきゆう)町を経て針屋(はりや)町に出る小路があり、この通りを中町といい、長さ一町四二間、家数一。当町から西名子屋(にしなごや)町を横切って西に続く所を家風(かふう)丁といい、家数二(新編会津風土記)。文化四年(一八〇七)の「若松風俗帳」に「此町塗職之者住居仕候」とある。町南側を少し入った所に時宗長泉寺があったが、現在は廃寺となる。家風丁の北側に真宗大谷派正蓮(しようれん)寺があり、天正元年(一五七三)の開基。初めは材木(ざいもく)町に一宇を建立したが、天和元年(一六八一)の洪水で本堂および庫裏が流失。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by