後宇多天皇陵(読み)ごうだてんのうりよう

日本歴史地名大系 「後宇多天皇陵」の解説

後宇多天皇陵
ごうだてんのうりよう

[現在地名]右京区北嵯峨朝原山町

大覚(だいかく)寺の東北、朝原(あさはら)山の東南、長刀(なぎなた)坂の南麓にあり、蓮華(れんげ)(花)峰寺(ぶじ)陵という。

天皇は亀山天皇第二皇子で、母は京極院藤原佶子(実雄女)。文永一一年(一二七四)八歳で即位。在位一四年にして弘安一〇年(一二八七)伏見天皇に譲位。徳治二年(一三〇七)落飾し、元亨四年(一三二四)六月二五日、大覚寺で没した。五八歳(皇代略記)。

徳治二年の落飾後は大覚寺に入り、大覚寺の再興に努め、大覚寺東北の山麓に蓮華(花)峰寺を建立し、内に八角堂を建て、墓所と定めた(山陵志・嵯峨誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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