後藤松陰(読み)ごとう しょういん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「後藤松陰」の解説

後藤松陰 ごとう-しょういん

1797-1864 江戸時代後期の儒者
寛政9年1月8日生まれ。生地美濃(みの)(岐阜県)大垣菱田毅斎(ひしだ-きさい),ついで頼山陽(らい-さんよう)にまなぶ。文政3年大坂で塾をひらく。詩文をよくした。妻は篠崎小竹の娘,町(麻池)。元治(げんじ)元年10月19日死去。68歳。名は機。字(あざな)は世張。通称は春蔵,俊蔵。別号に春草,兼山。著作に「春草詩抄」「松陰詩稿」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「後藤松陰」の解説

後藤松陰 (ごとうしょういん)

生年月日:1797年1月8日
江戸時代末期の儒学者
1864年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む