後藤碩田(読み)ごとう せきでん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「後藤碩田」の解説

後藤碩田 ごとう-せきでん

1805-1882 江戸後期-明治時代の尊攘(そんじょう)運動家,国学者。
文化2年2月20日生まれ。田能村竹田(たのむら-ちくでん)らにまなぶ。高山彦九郎と親交のあった父の影響をうけ,小河一敏(おごう-かずとし)らと攘夷(じょうい)論をとなえる。明治4年郷里豊後(ぶんご)(大分県)の西寒多(ささむた)神社主典。13年権(ごんの)大講義。明治15年5月25日死去。78歳。名は真守(まもり)。字(あざな)は大化。通称は今四郎。

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367日誕生日大事典 「後藤碩田」の解説

後藤 碩田 (ごとう せきでん)

生年月日:1805年2月20日
江戸時代;明治時代の国学者
1882年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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