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徐熙 ジョキ

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デジタル大辞泉の解説

じょ‐き【徐熙】

中国五代南唐の画家。鐘陵(江西省)の人。花鳥画をよくし、墨の濃淡を主体に淡彩を添える手法により、孫(一説には子)の徐崇嗣(じょすうし)とともに徐氏体の創始者とされる。生没年未詳。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょき【徐熙 Xú Xī】

中国,五代南唐の画家。生没年は不詳。孫の徐崇嗣の活躍期から南唐初期の人と推定される。江寧(南京)の名門の出身で,花鳥画に優れ,唐風の装飾的な作風から水墨画の要素の強いものまで幅広い画技を示した。水墨画的要素の一面が後世,ことに大きくとりあげられ,蜀の黄筌の装飾的華麗な画風に対して,徐氏体の〈軽秀〉〈野逸〉と評された。孫の徐崇嗣は,祖父の水墨画的な要素を発展させ,いわゆる〈没骨(もつこつ)画〉を創造した。

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世界大百科事典内の徐熙の言及

【花鳥画】より

…中国では六朝時代にすでに蟬雀(せんじやく)図などがかかれ,唐代には薛稷(せつしよく)や辺鸞(へんらん)が鶴,折枝花をかき有名であった。しかし独立の部門として本格的に成立したのは五代からで,蜀に黄筌(こうせん),南唐に徐熙(じよき)が出,花鳥画の二大源流をなした。黄筌と子の黄居寀(こうきよさい)らの黄氏体は,鉤勒塡彩(こうろくてんさい)法を用いて華麗な富貴さに特色があり,徐熙と孫の徐崇嗣らの徐氏体は,水墨と没骨(もつこつ)画法を取り入れて瀟洒な野逸さに特色があった。…

【五代美術】より

南唐二陵の墳墓をみればわかるとおり唐風によっているが,絵画界では後世に巨大な影響を与えることになる試みが行われていた。花鳥画における徐熙,その孫徐崇嗣,山水画における董源,巨然の存在がそれである。徐熙は唐風の左右相称的構図の装飾画を制作する一方で,墨彩を中心とする新傾向をもみせた。…

【徐氏体】より

…中国,五代南唐の花鳥画家,徐熙が創始した様式をいう。彼の花鳥画の表現はかなり多様であったと考えられるが,蜀の黄筌(こうせん)一派の装飾性の強い黄氏体に対して,徐氏体と呼ばれるときの内容は,水墨と彩色を併用した,瀟洒なものと理解されている。…

【宋代美術】より

… 花鳥画の分野では,北宋初期,宋に併合された蜀と南唐よりもたらされた2様式の対立が目だつ。それぞれ965年と975年に滅亡した蜀と南唐から黄筌(こうせん)様式(黄氏体),徐熙(じよき)様式(徐氏体)が流行した。蜀の併合が南唐の場合より10年早かったこともあって,当初は装飾的で豊麗な黄筌系の画風が優勢であったが,水墨画の発展,文人墨戯の盛行等の画壇の趨勢のなかで,徐熙の名声が黄筌を圧するようになる。…

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