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得撫島 ウルップとう

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大辞林 第三版の解説

ウルップとう【得撫島】

ロシア連邦、千島列島の南西部にある火山島。ラッコ・オットセイの生息地。1786年最上徳内が探検。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

得撫島
うるっぷとう

千島列島南部の島。古くは得生(うるふ)島、ラッコ島などとよばれた。北東は新知(シムシル)島に、南西は択捉(えとろふ)島に連なる。長さ117キロメートル、幅20キロメートル、面積1420平方キロメートル。ロシア連邦ではサハリン州に属し、ウルップ島Урупとよぶ。海岸線は海食崖(がい)が発達し、オホーツク海に面する北西岸の床丹(とこたん)湾が唯一の錨地(びょうち)。島には25の火山が並び、南部に白妙(しろたえ)山(1326メートル)、中央やや北寄りに雪光(せっこう)山(1330メートル)の2火山がぬきんでている。後者は美しい円錐(えんすい)火山で、晴天なら90キロメートルの海上から遠望でき、船舶のよい目標となる。1643年(寛永20)オランダ船が記録し、1786年(天明6)には最上(もがみ)徳内が探検、1801年(享和元)江戸幕府が島の南端に「大日本属島」の木標を立てた。1878年(明治11)ごろ南樺太(からふと)から転じた松前商人が漁場を開いたが、84年、明治政府は先住民約100人を色丹(しこたん)島に移住させた。[渡辺一夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の得撫島の言及

【ウルップ[島]】より

…千島(クリル)列島南部にあるロシア統治下の火山島。日本では得撫,また古くは得生の字をあてたり,ラッコ島とも呼ばれた。択捉(えとろふ)島の北東に位置し,長さ117km,幅20km,面積約1420km2。島の北寄りに美しい円錐火山である雪光山(1257m)がそびえて船舶のよい目標となる。海岸は海食崖と海食台地が発達し,沿岸浅海には海藻がとりわけ多い。北西岸のナターリー(床丹)湾がほとんど唯一の錨地である。…

※「得撫島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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