御仲間町(読み)おちゆうげんまち

日本歴史地名大系 「御仲間町」の解説

御仲間町
おちゆうげんまち

[現在地名]和歌山市東仲間(ひがしちゆうげん)町一―二丁目・西仲間(にしちゆうげん)町一―二丁目

西御仲間町は北新桶屋町(きたしんおけやまち)筋の東側の縦町で、南は鈴丸(すずまる)御蔵の東端に突当り、北は中野島(なかのしま)村の蓮(はす)池。蓮池より南流して町を通り鈴丸川に落ちる小流を泥亀(どんがめ)川とよぶ(続風土記)。東御仲間町は西御仲間町の東の筋で、南詰は鈴丸川に架かる御伊勢(おいせ)橋を渡って新町(しんまち)地区に至り、北に五行(ごぎよう)辻がある(同書)。


御仲間町
おちゆうげんちよう

[現在地名]西区城西(じようさい)四―五丁目

北は天神山(てんじんやま)町、東は御深井御山の内(おふけおやまのうち)および御手木(おてこ)町、南は役割(やくわり)町、西は上宿中之(かみじゆくなかの)町に隣接する東西の町筋で、下級の武家屋敷町。町名の由来は、江戸初期・中期に中間部屋の集合地域となったためといわれ、宝永六年(一七〇九)頃の尾府名古屋図(蓬左文庫蔵)には、町の北方ないし西方にあたる諸町をも含めて「御中間」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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