御前町(読み)オマエマチ

精選版 日本国語大辞典 「御前町」の意味・読み・例文・類語

おまえ‐まちおまへ‥【御前町】

  1. 〘 名詞 〙 社寺などの前に発達した町。門前町(もんぜんまち)。
    1. [初出の実例]「天満つ神の名をすぐに、天神橋と行き通ふ、所も神のお前町」(出典:浄瑠璃・心中天の網島(1720)中)

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日本歴史地名大系 「御前町」の解説

御前町
ごびようまえまち

[現在地名]米沢市御廟(ごびよう)一丁目

新(しん)町四(よん)ノ町の西、御廟町と上杉家御廟を結ぶほぼ南北の道の両側に配置された中・下級家臣屋敷町。享保一〇年(一七二五)の城下書上には廟所前町とみえ、町の長さ一町四〇間・道幅六間余・屋敷数一九。文化八年(一八一一)の城下絵図では屋敷数一七・寺二。弘化三年(一八四六)の屋敷割帳では屋敷数一七・寺三・空屋敷三。上杉家御廟は境内東西約六〇間・南北約一〇〇間。慶長六年(一六〇一)上杉氏移封後、上杉謙信の遺骸は米沢城内南東隅の祠堂に安置して祀っていた。元和九年(一六二三)上杉景勝が没した折、当地を上杉家の廟所と定め、以来定勝・綱勝・綱憲・吉憲・宗憲・宗房ら歴代藩主の遺骸はことごとく火葬に付し、紀州高野山清浄心(しようじようしん)院に納め、ただ灰燼冠服を葬っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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