御花畠(読み)おはなばたけ

日本歴史地名大系 「御花畠」の解説

御花畠
おはなばたけ

西の丸屋敷西側石塁の外から出来島できじまに至る瓢箪島ひようたんじまに造営された御屋敷の一。屋敷普請が確認されるのは貞享五年(一六八八)九月で、藩主蜂須賀綱矩の母らが富田屋敷から御花畠へと引移っている(阿淡年表秘録)。だが寛文四―六年頃の出来島御屋敷指図(蜂須賀家文書)に「御花畠」が記され、また元和四年一月豊臣秀頼に殉死した青山助左衛門の妻(賀島弥右衛門の娘)蜂須賀家政が御花畠御屋敷へ召寄せ、五〇〇石を与えたとされることなどから(阿淡年表秘録)、御屋敷が江戸時代初期から置かれていたことは確かである。天和三年(一六八三)の渭津城下之絵図で「花薗」とみえている御屋敷は、享保六年閏七月一日の夜、瓢箪島の青山助左衛門宅から出た火災で類焼し、五代藩主綱矩五男の万次郎隆寿と次女の佐賀姫がてら町の持明じみよう院に一時避難した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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