中国、唐代の禅僧。青原行思(せいげんぎょうし)下の4世竜潭崇信(りゅうたんそうしん)の法嗣(はっし)(弟子)。諡号(しごう)は見性禅師(けんしょうぜんじ)。俗姓は周氏。剣南(四川(しせん)省)の人。出家後、律を究め、性相(しょうそう)の学に通ずる。つねに『金剛経(こんごうきょう)』を講じたので周金剛とよばれた。のち禅門に転じて崇信に参じ、悟りを開いて嗣法する。澧(れい)州(湖南省)に30年間住したが、武宗の廃仏で難を独浮山の石室に避けたのち、大中(847~859)の初め、武陵(湖南省)の太守に請われ、徳山に住して学人を教化した。咸通(かんつう)6年12月3日寂。
[松田文雄 2017年3月21日]
初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...