日本歴史地名大系 「徳禅寺」の解説
徳禅寺
とくぜんじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…上・下両荘に分かれ,上荘は上村・坂本・中村・下村,下荘は知見・三重・田村の各村から成っていた。伊予内侍ののち,領家職は娘の大姫御前,その子藤原実忠,実忠外孫実盛へと伝えられ,以後ほとんど村ごとにきわめて複雑な伝領の経過を示したが,やがて14世紀半ばから後期に至り,それらの大部分は大徳寺の徳禅寺徹翁義亨に伝えられた。本家職も蓮華王院が終始唯一の存在ではなかったらしく,ある時期には亀山・後宇多両上皇や万秋門院(藤原
子)が本家的存在であったことを示す史料があり,1265年(文永2)の若狭国惣田数帳には,名田荘57町6段200歩の本家が円満院とある。…
※「徳禅寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新