心性本浄説(読み)しんしょうほんじょうせつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「心性本浄説」の意味・わかりやすい解説

心性本浄説
しんしょうほんじょうせつ

仏教用語。衆生の心の本性はその本来の姿においては清浄であり染汚を離れているとする説。現実の心は煩悩によってけがされているが,それは偶然に付着したちりのようなものであるから,客塵煩悩という。この心性本浄,客塵煩悩の説は部派仏教では大衆部の説とされるが,大乗になるとこの自性清浄心は如来蔵心,仏性と名づけられて,おもに如来蔵系統の経論に盛んに説かれた。 (→本覚 )

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

関連語 自性清浄心

関連語をあわせて調べる

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む