大衆部(読み)だいしゅぶ(英語表記)Mahāsaṃghika

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大衆部
だいしゅぶ
Mahāsaṃghika

音写は摩訶僧祇部。部派仏教の一つ。釈尊が亡くなってから 100年たったとき,大天が出て,五事を提議したが,これに賛同した比丘たちが,従来の保守的な修行僧たちから分れて結成した部派のこと。保守的な修行僧たちの部派を上座部と呼ぶ。生死涅槃は結局仮名で衆生心性はもともと清浄であるが,煩悩にけがされているという説を説き,大乗仏教萌芽をこのなかにみることができる。また現在実有過未無体を説き,有部の3世実有法体恒有に対立している。

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百科事典マイペディアの解説

大衆部【だいしゅぶ】

小乗仏教一派。釈迦入滅の約100年後,仏教が分派した時の一派で,最も古い教義をくむ。上座部に対する。教団の戒律に対して異議をもった革新的一派であった。人の心は清浄であるとし,生死も涅槃(ねはん)も仮名(けみょう)(現象)にすぎないとした。後の大乗仏教興起の萌芽(ほうが)とされる。
→関連項目仏教

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世界大百科事典 第2版の解説

だいしゅぶ【大衆部】

仏教部派の一つ。大乗仏教側からは〈小乗仏教〉と貶称された部派仏教のうちの有力な一派であった。サンスクリットで,マハーサンギカMahāsaṅghikaといい,また,パーリ典籍の《ウパーサカジャナーランカーラ》には,マハーサンギヤMahāsaṅghiyaという名称で呼ばれている。仏教の開祖釈迦(前463‐前383ころ)の滅後100年ころ,北インドのバイシャーリーで〈十事の非法〉と呼ばれる事件がおきた。それは,旧来通り戒律を厳格に守るべきであると主張する長老たちと,例外を認めて戒律を少し緩やかに守ってもよいではないかとする進歩的な比丘(びく)たちとの対立であった。

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大辞林 第三版の解説

だいしゅぶ【大衆部】

〘仏〙 紀元前三世紀頃、上座部と対立して生まれた一般の僧を中心とする一派。仏陀を歴史的存在ではない超人格的存在と捉え、進歩的傾向をもつ。 → 部派仏教

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精選版 日本国語大辞典の解説

だいしゅ‐ぶ【大衆部】

[1] 〘名〙 仏滅後一〇〇年に起こったという教団分裂で成立した、改革派の集団の称。のち、これがさらに九派に分かれたという。⇔上座部
[2] 四律五論の中の摩訶僧祗律。
※顕戒論(820)上「僧徒千余人。並多習学大衆部法

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世界大百科事典内の大衆部の言及

【上座部】より

…仏教部派の一つ。仏滅100年ごろ仏教教団は上座部と大衆部(だいしゆぶ)の二つに分裂した。これは根本分裂と呼ばれ,部派仏教の時代の幕開けとなった。…

【小乗仏教】より

…小乗仏教の思想は釈迦とその直弟子たちの初期仏教と,後の大乗仏教を理解する上にも重要である。 小乗仏教の中で特に重要な部派は,大衆(だいしゆ)部説一切有(せついつさいう)部,犢子(とくし)部,化地(けち)部,法蔵部,経量(きようりよう)部などであるが,現存資料としてはスリランカ上座部の伝持するパーリ語で書かれた論蔵と,漢訳に伝わる説一切有部のものがほぼすべてであり,他部派の論蔵はきわめて少ない。 小乗仏教の教理の特徴は,釈迦の教えをいかに正確に理解し整備するかという点にある。…

【大天】より

…部派仏教時代の大衆(たいしゆ)部の思想家。生没年不詳。…

【馬鳴】より

…中インドのサーケータ(現,アウド)出身。初めは仏教を批難するバラモンであったが,のち,大衆部(だいしゆぶ)系の一学派である多聞部(たもんぶ)に所属する比丘(びく)となった。弁舌をよくする布教家であったので弁才比丘とも呼ばれ,文学,音楽にも通じていた。…

※「大衆部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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