仏教部派の一つ。大乗仏教側からは〈小乗仏教〉と貶称された部派仏教のうちの有力な一派であった。サンスクリットで,マハーサンギカMahāsaṅghikaといい,また,パーリ典籍の《ウパーサカジャナーランカーラ》には,マハーサンギヤMahāsaṅghiyaという名称で呼ばれている。仏教の開祖釈迦(前463-前383ころ)の滅後100年ころ,北インドのバイシャーリーで〈十事の非法〉と呼ばれる事件がおきた。それは,旧来通り戒律を厳格に守るべきであると主張する長老たちと,例外を認めて戒律を少し緩やかに守ってもよいではないかとする進歩的な比丘(びく)たちとの対立であった。例えば,主要なテーマには,金銀(金銭・銀銭)の授受についての項目があった。保守派のヤシャスやレーバタなどの西・中インドの長老たちは,当然のこととしてこれに反対した。すでに金銀を受け取っていたバイシャーリー(バッジ族)の比丘たちや彼らに同調する進歩的な考えをもつ比丘たちは長老たちの決定に従わなかった。この事件を契機として,比較的若い僧を中心とした進歩派グループは,あくまでも伝統を墨守する保守派の長老たちと袂を分かつことになった。これを仏教教団の〈根本分裂〉という。前者は大衆部と称し,後者は上座部と呼ばれ,その後分裂を繰り返し,18部あるいは20部に分派した。なお大衆部は,玄奘(602-664)や義浄(635-715)の時代まで四大部派の一つとしてインドに存続した。
→上座部
執筆者:阿部 慈園
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…小乗仏教の思想は釈迦とその直弟子たちの初期仏教と,後の大乗仏教を理解する上にも重要である。 小乗仏教の中で特に重要な部派は,大衆(だいしゆ)部,説一切有(せついつさいう)部,犢子(とくし)部,化地(けち)部,法蔵部,経量(きようりよう)部などであるが,現存資料としてはスリランカ上座部の伝持するパーリ語で書かれた論蔵と,漢訳に伝わる説一切有部のものがほぼすべてであり,他部派の論蔵はきわめて少ない。 小乗仏教の教理の特徴は,釈迦の教えをいかに正確に理解し整備するかという点にある。…
…部派仏教時代の大衆(たいしゆ)部の思想家。生没年不詳。…
…中インドのサーケータ(現,アウド)出身。初めは仏教を批難するバラモンであったが,のち,大衆部(だいしゆぶ)系の一学派である多聞部(たもんぶ)に所属する比丘(びく)となった。弁舌をよくする布教家であったので弁才比丘とも呼ばれ,文学,音楽にも通じていた。…
※「大衆部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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