心月寺跡(読み)しんげつじあと

日本歴史地名大系 「心月寺跡」の解説

心月寺跡
しんげつじあと

[現在地名]福井市西新町 心月寺

一乗いちじよう谷の上城戸かみきど外、西方山麓にあった曹洞宗の寺。現存しない。本郷ほんごう(現福井市八幡町)にあった竜興りゆうこう寺三世桃庵禅洞を開山とし、朝倉美作守教景を開基とするが、寛正四年(一四六三)教景の死後、孫の孝景によって創建された。寺名は教景の法名大円院殿心月寺宗覚にちなむ。永正一〇年(一五一三)孝景の三十三回忌を営むにあたり、京都建仁けんにん寺の月舟はその語録「月舟和尚語録」に、「居士(孝景)於本宅畔、創一伽藍、割膏腴地、供養長蘆末派雲水僧二三百員、其伽藍榜以心月、々々即祖父字也」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む