日本歴史地名大系 「志太郷」の解説 志太郷しだごう 静岡県:藤枝市志太村志太郷現志太辺りに所在した中世の郷。貞和四年(一三四八)一二月七日の足利直義下知状(堀河基俊遺領裁許状)に志太郷とある。この下知状および観応元年(一三五〇)四月一一日の足利義詮下知状(同裁許状)によれば、永仁六年(一二九八)八月二一日当郷の地頭に前権大納言堀河基俊が補任されたが、基俊は元応元年(一三一九)四月所領の配分をしないで死去したため、元徳四年(元弘二年、一三三二)三月二三日得分親を糾明し配分するよう裁許され、その遺領をめぐって子息らの間に相続争いが起こった。 志太郷しだごう 宮城県:陸奥国志田郡志太郷「和名抄」東急本では「信太」とし、いずれも訓を欠く。「日本地理志料」では新沼(にいぬま)・三本木(さんぼんぎ)(現三本木町)、師山(もろやま)・米袋(よねぶくろ)・大幡(おおはた)・稲葉(いなば)・米倉(よねくら)・引田(ひきだ)(現古川市)などにわたる地とする。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by