志賀廼家淡海(読み)シガノヤ タンカイ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「志賀廼家淡海」の解説

志賀廼家 淡海
シガノヤ タンカイ


職業
喜劇俳優

本名
田辺 耕治

別名
筆名=近江 瓢鯰

生年月日
明治16年

出生地
滋賀県 滋賀郡堅田村(大津市)

経歴
美声の江州音頭芸人として明治末期から人気を得、一座を組んで九州、中国を巡演。37年曽我廼家十郎・五郎が日本最初の喜劇団として成功したのに刺激され、志賀廼家淡海一座を結成、浪花節劇から本格的な喜劇を目差した。大正6年に成金節を創作、舞台で歌ったのが全国に流行、淡海節といわれて人気は絶頂。8年松竹専属となった。劇団は昭和8年に解散松竹家庭劇を結成した曽我廼家十吾・渋谷天外の一座に参加した。

没年月日
昭和31年 10月15日 (1956年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「志賀廼家淡海」の解説

志賀廼家 淡海
シガノヤ タンカイ

明治〜昭和期の喜劇俳優



生年
明治16(1883)年

没年
昭和31(1956)年10月15日

出生地
滋賀県滋賀郡堅田村(現・大津市)

本名
田辺 耕治

別名
筆名=近江 瓢鯰

経歴
美声の江州音頭芸人として明治末期から人気を得、一座を組んで九州、中国を巡演。37年曽我迺家十郎・五郎が日本最初の喜劇団として成功したのに刺激され、志賀廼家淡海一座を結成、浪花節劇から本格的な喜劇を目差した。大正6年に成金節を創作、舞台で歌ったのが全国に流行、淡海節といわれて人気は絶頂。8年松竹専属となった。劇団は昭和8年に解散、松竹家庭劇を結成した曽我廼家十吾・渋谷天外の一座に参加した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「志賀廼家淡海」の意味・わかりやすい解説

志賀廼家淡海
しがのやたんかい
(1883―1956)

喜劇俳優。本名田辺耕治。滋賀県生まれ。最初新派の一座を組織したが、曽我廼家(そがのや)劇などの成功に刺激され、1905年(明治38)喜劇八景団を旗揚げして琵琶(びわ)湖周辺を巡演ののち、10年に京都・国華座に進出した。19年(大正8)に松竹の専属となり、独特の教訓的喜劇と「淡海節」「成金節」など自作の歌によって人気を集めたが、33年(昭和8)座員のストライキがもとで一座を解散、人気を失った。

[向井爽也]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「志賀廼家淡海」の解説

志賀廼家淡海 しがのや-たんかい

1883-1956 明治-昭和時代の喜劇俳優。
明治16年生まれ。江州音頭の芸人となり,一座を結成。自作の唄(うた)「よいしょこしょ」が淡海節とよばれ人気をあつめる。昭和8年の一座解散ののち松竹家庭劇に参加した。昭和31年10月15日死去。73歳。滋賀県出身。本名は田辺耕治。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

世界の電気自動車市場

米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...

世界の電気自動車市場の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android