性宗寺(読み)しようしゆうじ

日本歴史地名大系 「性宗寺」の解説

性宗寺
しようしゆうじ

[現在地名]上越市寺町三丁目

来迎らいごう寺の東北方、国鉄高田駅の西側、日枝神社の北隣にある。高雲山最照院と号し本尊阿弥陀如来、真宗仏光寺派。和田わだ御坊とよばれる。開基信性は越前国和田村(現福井市)の人で、俗名藤原秀行といい俵藤太秀郷の子孫という。初め天台宗徒であったが承元元年(一二〇七)親鸞の弟子となり、貞永元年(一二三二)和田村に一宇を建立して性宗寺と号した。これが当寺の起源という(頸城郡誌稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む