コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

平出修 ひらいでしゅう

4件 の用語解説(平出修の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

平出修【ひらいでしゅう】

評論家,小説家,歌人,弁護士。新潟県出身。本姓児玉。号は露花・黒瞳子(こくどうし)。1903年明治法律学校卒。《明星》の同人として誌上に短歌・評論を発表,その廃刊後は石川啄木らと雑誌《スバル》を刊行,自宅を発行所とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平出修 ひらいで-しゅう

1878-1914 明治-大正時代の歌人,小説家,弁護士。
明治11年4月3日生まれ。33年新詩社にはいり,「明星」に短歌,評論などを発表。同誌廃刊後は「スバル」の発刊を援助した。また大逆事件の弁護を担当。大正3年3月17日死去。37歳。新潟県出身。明治法律学校(現明大)卒。旧姓は児玉。号は露花,黒瞳子。著作に「新派和歌評論」「逆徒」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ひらいでしゅう【平出修】

1878‐1914(明治11‐大正3)
明治・大正期の評論家,小説家,歌人。号は露花など。新潟県生れ。明治法律学校卒業。つとに《明星》の同人として活躍し,その廃刊後は石川啄木や吉井勇らと《スバル》を刊行した浪漫主義系の文学者であるが,一方で神田神保町法律事務所を開業するリベラルな弁護士でもあった。生田葵山(きざん)の小説《都会》(1908)の発禁事件や,与謝野鉄幹との縁で担当したと言われる大逆事件の弁護が有名である。ことに大逆事件に際しては,石川啄木に事件の真相を伝えて影響を与え,自らも幸徳秋水らをモデルにした《逆徒》(1913)その他の小説をものして時代に抗した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平出修
ひらいでしゅう
(1878―1914)

歌人、小説家、評論家。越後(えちご)国中蒲原(なかかんばら)郡石山村(現新潟市)の児玉家に生まれた。別号露花、黒瞳子(こくどうし)。亀田高等小学校を卒業後、約6年間小学校の教員をした。文芸を好み、短歌、俳句、評論を発表、東京新詩社の同人となり、『明星』誌上に作品を寄せた。高田市(現上越市)の平出家に入籍、1901年(明治34)上京、明治法律学校(現明治大学)入学、卒業後弁護士登録。1910年の大逆事件の弁護をしたことは有名。短編小説『逆徒』(『太陽』1913.9)は発表と同時に発禁となった。[古川清彦]
 室戸岬(むろとざき)西にまがればうらがなし高知の浜の白き砂見ゆ
『『定本平出修集』全三巻(1981・春秋社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

平出修の関連キーワード尾竹竹坡北陸新幹線浅田栄次伊藤孝次岩城準太郎種田健蔵岡安喜三郎(5代)菊地駒次榊忠三関盛治

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

平出修の関連情報