コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

平出修 ひらいでしゅう

百科事典マイペディアの解説

平出修【ひらいでしゅう】

評論家,小説家歌人弁護士。新潟県出身。本姓児玉。号は露花・黒瞳子(こくどうし)。1903年明治法律学校卒。《明星》の同人として誌上短歌・評論を発表,その廃刊後は石川啄木らと雑誌《スバル》を刊行,自宅を発行所とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平出修 ひらいで-しゅう

1878-1914 明治-大正時代の歌人,小説家,弁護士。
明治11年4月3日生まれ。33年新詩社にはいり,「明星」に短歌,評論などを発表。同誌廃刊後は「スバル」の発刊を援助した。また大逆事件の弁護を担当。大正3年3月17日死去。37歳。新潟県出身。明治法律学校(現明大)卒。旧姓は児玉。号は露花,黒瞳子。著作に「新派和歌評論」「逆徒」など。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

ひらいでしゅう【平出修】

1878‐1914(明治11‐大正3)
明治・大正期の評論家,小説家,歌人。号は露花など。新潟県生れ。明治法律学校卒業。つとに《明星》の同人として活躍し,その廃刊後は石川啄木や吉井勇らと《スバル》を刊行した浪漫主義系の文学者であるが,一方で神田神保町に法律事務所を開業するリベラルな弁護士でもあった。生田葵山(きざん)の小説《都会》(1908)の発禁事件や,与謝野鉄幹との縁で担当したと言われる大逆事件の弁護が有名である。ことに大逆事件に際しては,石川啄木に事件の真相を伝えて影響を与え,自らも幸徳秋水らをモデルにした《逆徒》(1913)その他の小説をものして時代に抗した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平出修
ひらいでしゅう
(1878―1914)

歌人、小説家、評論家。越後(えちご)国中蒲原(なかかんばら)郡石山村(現新潟市)の児玉家に生まれた。別号露花、黒瞳子(こくどうし)。亀田高等小学校を卒業後、約6年間小学校の教員をした。文芸を好み、短歌、俳句、評論を発表、東京新詩社の同人となり、『明星』誌上に作品を寄せた。高田市(現上越市)の平出家に入籍、1901年(明治34)上京、明治法律学校(現明治大学)入学、卒業後弁護士登録。1910年の大逆事件の弁護をしたことは有名。短編小説『逆徒』(『太陽』1913.9)は発表と同時に発禁となった。[古川清彦]
 室戸岬(むろとざき)西にまがればうらがなし高知の浜の白き砂見ゆ
『『定本平出修集』全三巻(1981・春秋社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

平出修の関連キーワードスバル(昴)4月20日昴・スバル平出 修大正時代

今日のキーワード

異常天候早期警戒情報

5日から 8日先を最初の日とする 7日間の平均気温がかなり高い,またはかなり低い確率が 30%以上と見込まれる場合に注意を呼びかけるため気象庁から発表される情報。低温や猛暑が長く続くと,人の活動や農作...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

平出修の関連情報