恩智城跡(読み)おんぢじようあと

日本歴史地名大系 「恩智城跡」の解説

恩智城跡
おんぢじようあと

[現在地名]八尾市恩智中町五丁目

南北朝期の恩智氏の居城。旧恩智集落の西端近くに標高五〇メートルほどの小山があり、城山という。この頂上部が城跡。すぐ西側下を南北に東高野街道が走る。恩智城はこの道を制する位置にあることが立地上の重要点であろう。城跡からは河内の平野部を一望できる。恩智氏は恩智神社の社家の出という。恩智左近(左近将監恩智満一)は楠木正成に協力した一人で、正成亡きあと正行を助けるが、延元二年(一三三七)七月、病死したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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