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愛新覚羅溥儀

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

愛新覚羅溥儀

1908年に2歳で清朝第12代の最後の皇帝「宣統帝」として即位したが、辛亥革命により12年に退位。31年の満州事変勃発(ぼっぱつ)を受け、32年に建国を宣言した「満州国」の執政に。34年には同国の皇帝になる。日本の敗戦とともに満州国は崩壊し、旧ソ連軍によって抑留された。46年には東京裁判に出廷。50年、中国の撫順戦犯管理所に移送され、59年に特赦で釈放された。67年、病没。

(2006-12-17 朝日新聞 朝刊 2社会)

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百科事典マイペディアの解説

愛新覚羅溥儀【あいしんかくらふぎ】

溥儀

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

愛新覚羅溥儀 あいしんかくら-ふぎ

1906-1967 清(しん)(中国),満州国の皇帝。
光緒32年1月14日生まれ。3歳で即位,宣統帝と称した。辛亥(しんがい)革命で退位し,清朝最後の皇帝となる。日本軍の後ろ盾により1934年満州国皇帝(康徳帝)となる。1945年日本が降伏すると退位,弟溥傑(ふけつ)とソ連に抑留され,のち戦犯として中国の撫順収容所にはいる。1959年特赦で釈放され,北京にすんだ。1967年10月17日死去。62歳。北京出身。著作に「わが半生」。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

愛新覚羅溥儀
あいしんかくらふぎ

溥儀」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

愛新覚羅溥儀
あいしんかくらふぎ

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