日本歴史地名大系 「慈明寺」の解説 慈明寺じみようじ 奈良県:橿原市真菅・金橋地区慈明寺村慈明寺[現在地名]橿原市慈明寺町畝傍(うねび)山北西中腹に所在。雲飛山中宮(ちゆうぐう)院慈明寺と号し、曹洞宗。本尊十一面観音立像は文亀二年(一五〇二)の作で、「造立供養 椿井大仏師 法橋舜慶作」の墨書がある。「大和志」に慈明廃寺として「昔三十六院今唯中院一宇」とあり、寺地に礎石が残り奈良時代の瓦が出土するので、古くは大寺院であったと考えられる。また「大和志」には廃畝火(うねび)寺として「一名万願寺昔有四十二院山中礎石尚多」とあるが、これは重出と考えられ、慈明寺の別名が畝火寺で、江戸時代には荒廃していたのであろう。 慈明寺じみようじ 大阪府:茨木市下穂積村慈明寺[現在地名]茨木市下穂積四丁目浄土真宗本願寺派。山号七仏山。本尊阿弥陀如来。寺伝によれば嘉暦二年(一三二七)本願寺覚如の直弟子安間了願の開創という。了願は俗名を安間正頼(明武とも)といい、楠木正成・正行父子らとともに南朝方武士として活躍。寺はもと島上(しまかみ)郡安満(あま)村(現高槻市)にあったが、六世浄久の代に現在地に再建された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報