慈道法親王(読み)じどうほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「慈道法親王」の解説

慈道法親王 じどうほうしんのう

1282-1341 鎌倉-南北朝時代,亀山天皇皇子
弘安(こうあん)5年生まれ。母は帥典侍(そちのてんじ)。永仁(えいにん)3年(1295)青蓮院(しょうれんいん)にはいり,同年親王となる。のち法性寺(ほっしょうじ)座主(ざす),青蓮院門跡(もんぜき)となり,正和(しょうわ)3年から3度天台座主に任じられ,四天王寺別当をつとめた。「新後撰和歌集」以下の勅撰(ちょくせん)集に23首のる。家集に「慈道親王集」。暦応(りゃくおう)4=興国2年4月11日死去。60歳。法号は青竜院,十楽院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む