日本歴史地名大系 「懸塚湊」の解説
懸塚湊
かけつかみなと
[現在地名]竜洋町掛塚
天竜川河口にあった湊。掛塚湊とも記す。禅僧万里集九の漢詩文集「梅花無尽蔵」に「懸塚」とみえ、文明一七年(一四八五)九月一五日、集九は太田道灌の招きにより江戸へ下る途中
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天竜川河口にあった湊。掛塚湊とも記す。禅僧万里集九の漢詩文集「梅花無尽蔵」に「懸塚」とみえ、文明一七年(一四八五)九月一五日、集九は太田道灌の招きにより江戸へ下る途中
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