戸面村(読み)とづらむら

日本歴史地名大系 「戸面村」の解説

戸面村
とづらむら

[現在地名]市原市戸面

麻生原あそうばら村の南にあり、養老ようろう川が流れる。夷隅いすみ郡境の村。元禄郷帳に麻生原村枝郷として高五三石余。宝暦一〇年(一七六〇)の岩槻藩領知目録写に村名がみえ、幕末まで同藩領であった。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数四二。文政一〇年(一八二七)の岩槻藩領村々書上帳では夷隅郡内としており、田五町余・畑七町四反余(上畑二町余)茶畑があり、新田一二町一反余・四九石余、年貢は米四〇石余・永九貫九八一文余、家別役の真木七九二束、ほかに酒役永三七三文余など、家数三〇、男一〇四・女九七、山王権現八幡宮日天子にちてんし宮・熊野権現・荒神宮・山神宮、大日堂・観音堂があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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